これからしたい3つのこと


  先日、家族と一緒に「死ぬまでにしたい10のこと」というビデオを見た。これは、あと数ヶ月の命と
 宣告された若い母親が、死ぬまでにしたいことをリストアップし実行しようとする姿を描いたものであ
 るが、彼女の「したいこと」の大半は極めて日常的なものであり、そのことがかえって「生きている」
 ことの素晴らしさを実感させてくれる秀作である。煩悩の多い私には、死ぬまでに個人的にしたいこ
 とは10ではとても足りないが、ここでは研究者、そして研究室の責任者として「ここ4−5年の間にし
 たい3つのこと」を綴ってみたいと思う。

  現在、私が特に興味をもっているのは免疫細胞における細胞骨格制御機構である。細胞骨格の
 再構築が、様々な細胞高次機能を制御しているのはよく知られているが、免疫細胞、例えばリンパ
 球はその大部分が核で細胞生物学的解析に不向きであるため、その制御機構がほとんど理解され
 ていないのが現状である。細胞骨格といってもアクチンフィラメントもあれば微小管もあり、その再構
 築は単にアクチンの重合・脱重合にとどまらず、細胞極性、小胞輸送、細胞分裂、細胞接着、エンド
 サイトーシス、エキソサイトーシス等様々な細胞機能を制御している。ここ5年間は、発生工学及び
 細胞生物学的手法を駆使して「免疫細胞における細胞骨格制御機構の解明」というテーマに正面か
 ら取り組み、これら個々の細胞現象と免疫系での機能関連を明確にすると共に、受容体刺激に伴う
 シグナルの‘量’あるいは‘質’が細胞骨格の再構築によりどのように制御されているかを解明して
 いきたいと考えている。当然対象となる細胞はリンパ球からミエロイド系細胞に至るまで多岐にわた
 り、その研究内容も決して縦割りのキーワードでは分類できないものになると理解しているが、その
 研究成果は、きっと移植片拒絶、自己免疫疾患、難治性感染症といった現代医学が直面している
 難病を解決する糸口を与えてくれるものと期待している。

  また、「若い研究者に生命科学の楽しさを伝える」というのも是非やりたいことであり、これはある
 意味 principal investigator としての当然の使命であろう。生命科学の醍醐味はなんといっても、ま
 だ誰も知らない生命現象の神秘を解き明かすことにある。これこそ私が基礎医学に魅せられた最大
 の理由であるが、この魅力に気がついたのは、私の恩師である笹月健彦先生の御指導に依るとこ
 ろが大きい。私自身今後も免疫学の1研究者として生命現象の解明に向け最大限の努力を続ける
 のは当然のこと、できるだけ多くの若い研究者と未知なる生命現象を解明する喜びを共有し、彼ら
 に研究の楽しさと、そして時には厳しさを伝えていけたらと考えている。また、そのなかから一人で
 も多くの人が世界に羽ばたいていけるように最大限のサポートをしたいと思う。

  最後に、「生医研ソフトボール大会で優勝したい」。生体防御医学研究所(生医研)では、毎年秋
 にリトリートという合宿形式の研究発表会が催され、同時に分野対抗のソフトボール大会が行われ
 る。かって、当免疫遺伝学分野はなかなかの強豪だったのだが、一昨年は人数不足により不参加、
 去年は竹田先生の発生工学分野と合同チームを形成するもあえなく一回戦敗退と低迷している。
 是非往年の栄光を取り戻すべく、ここ5年以内には単独チームで優勝を狙いたいと考えている。

  昨年4月に私を含め5人でスタートした研究室も、今年の4月にはスタッフの先生もそろい、新しい
 大学院生やポスドクも参加して10人になる予定です。今後も、免疫学に興味がありソフトボールの
 得意な(もちろん苦手でもOK)ambitiousな若手研究者と一緒に、本当に意味のある研究を発信して
 いきたいと考えています。興味をもたれた方はメールにてご連絡下さい。

  最後になりましたが、免疫学会の諸先生方には今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申
 し上げる次第です。


                          JSI Newsletter 「新たな研究室を開くにあたり」より